分娩時に産科ガイドラインに反する不適切な吸引分娩により、帽状腱膜下出血による播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし、出産後死亡した事案で、和解により約3500万円の賠償が認められた事例
事案の概要
本件は、出産の際に医師が産科ガイドラインに沿った分娩方法をとらず、経腟分娩にこだわるあまり吸引分娩の際に過剰な吸引を行ったため、新生児の頭部内で多くの出血を引き起こし(帽状腱膜下出血)、さらに帝王切開に切り替えるタイミングが遅れた事案です。帝王切開により、新生児は、仮死状態で出生したため別の病院に搬送され賢明な治療が施されました。
しかし、分娩時の帽状腱膜下出血に起因する出血性ショックにより、播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし、生後1か月も経たないうちに死亡しました。 播種性血管内凝固症候群(DIC)とは、出血などの何らかの影響により、体内の細い血管で血液が凝固し、生命維持に必要となる様々臓器に障害が生じる症状です。 依頼者は出産時に、新生児の腫れあがった顔や頭を見ていたこともあり、分娩方法が適切だったのか、分娩方法が適切であれば救える命だったのではないかということに疑問を抱き、弊所へ相談に来られました。
弁護士の方針・対応
依頼者がカルテの開示を既に受けていたため、開示されたカルテ等の資料を、協力医とともに精査したところ、人工破膜による破水から分娩に至るまでのカルテの記載が時間に明らかな誤りがある等不十分なところが多くありましたが、記載内容から最低限読み取れる内容からしても、帝王切開を行う判断が遅いことが分かりました。
さらに、吸引分娩の際、胎児の頭にカップをつけて吸引するのですが、吸引時に複数回、カップが外れている(滑脱)記載があり、経腟分娩に固執したのか、長時間にわたり吸引分娩を何度も行っていたことが推認されました。
ただ、カルテの記載内容が不明瞭で、厳密な時間や回数に不明でした。
なお、産科ガイドラインには、吸引分娩について
- ・子宮口が全開大かつ既破水
- ・児頭が嵌入している
- ・総牽引時間が20分を越える、もしくは総牽引回数(滑脱回数を含める)が5回になっても娩出しない場合は、鉗子分娩または帝王切開を行う
旨、記載されています。
本件では、吸引分娩時にカップが複数回外れている(滑脱)ことに違和感がありました。吸引カップが滑脱したことを、総回数や牽引時間に含めていなかった可能性もあり、その結果、長時間にわたり何度も吸引しているのではないかと考えました。
以上の点を考慮して、担当弁護士は、①産科ガイドラインに違反した吸引分娩がされたこと、②帝王切開の判断が遅れたことを過失の中心として訴訟を提起しました。
結果
相手方である病院側の弁護士は、何度も医療訴訟で戦っている重鎮の弁護士でした。裁判では、事前に予想していましたが、吸引分娩についてのカルテの記載が不明瞭であることから、明確に吸引していたと読み取れる以外のものについては、吸引していた事実を否認されてしまいました。しかし、吸引開始から終わりまでの時間である総吸引時間が20分を超えていることについては、相手方は否定しきることができませんでした。
さらに、相手方は、死亡の直接の原因となった播種性血管内凝固症候群(DIC)については、吸引分娩が原因ではなく、それ以前に低酸素虚血状態があったことが理由であるとして、産科ガイドラインの規定を超える吸引を行ったが、死亡との因果関係はないと、ある種開き直りともとれる主張を展開してきました。
病院側の主張にはよくあるが、医学的解釈について、病院側に有利に評価し、病院側の弁護士も医師の話に従って主張するため、医学的な定義も文献などを参照することなく独自解釈を展開するのであるが、ALGの担当弁護士は、この点については医学的文献を精査し、事細かく反論していった。
裁判の終盤に、当方は、鑑定と医師及び担当していた看護師の尋問を求めましたが、まずは専門委員の意見を聞きたいという裁判所の進行を受けいれ専門委員の意見を聞いたところ、専門委員の意見が多くの点で当方の主張の内容と一致し、裁判所も当方に有利な心証を形成しました。
そのご協議を重ねた結果、訴訟提起から約2年程度で、約3500万円程度で和解を成立させることができました。
コメント
本件は、出産の際にガイドラインの規定を越える吸引分娩がされ、その結果、帝王切開の判断が遅れたという点と、死亡の原因と播種性血管内凝固症候群(DIC)が吸引分娩と因果関係があるのかということが中心論点であることは間違いないのですが、裁判上では、吸引分娩を行う前提となる、児頭が嵌入しいたのか、回旋異常が確認できていたのか等、出産時のリスクとなり得る論点が多数存在しました。また、医療過誤事件では、ガイドラインに反していた事実が存在していたとしても、それだけで過失と認められるわけではなく、ガイドラインの信用性も争いになりましたが、これもよくある病院側の戦い方であり、一つずつ相手の主張に対し反論重ねていきました。
少なくとも病院側は、産科ガイドラインの規定に反する分娩を認めているため、病院側もある程度で自らの過ちを認め、謝罪してくれればと思いますが、医療過誤事件で、病院が誤りを認めるのは稀です。
本件の母親は初産であり、さらにお腹の子供の体重も3500gを超えておりかなり大きかったため、分娩前に十分な検査を行い、態勢を整えるべきであったが、検査が不十分なまま病院側が分娩に臨んでしまったために生じた事故だと考えます。
吸引分娩による医療過誤の裁判は少なくないため、本件を契機として一件でも、分娩時の事故が減ることを願います。
この記事の監修
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東京弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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